井上理恵の演劇時評

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zoom RSS 桐朋学園芸術短期大学三専攻合同公演「新訂ワーグナー家の女」(福田善之作・演出 せんがわ劇場)

<<   作成日時 : 2011/01/22 11:03   >>

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福田善之作・演出「新訂 ワーグナー家の女」を観る(2010年1月21日マチネー)
桐朋学園芸術短期大学専攻科生の舞台は、若々しい熱気に溢れ、出演者たちも十二分に力を発揮して、日ごろの教育の成果の一端を垣間見た気がした。福田演出は、こんな表現も可笑しいが、やはり〈プロ〉が作った舞台だと痛感、舞台はこうあらねばならない。演劇を勉強中の若者の舞台とはいえ、見事な劇世界を描出していた。それは舞台のテンポが抜群だったことだ。俳優のセリフの緩急、演技の写実と非写実、学生たちの作り出す世界の統一感。これらが優れていたのだ。なぜならテンデンバラバラの演技の集積になっている舞台が、近年多いから・・・・

 これはいずれ新聞か雑誌に批評しようと考えているから、簡単な紹介をしたい(台本未見)。

 チラシから・・・・・・舞台は1946年、ドイツのバイロイト。「非ナチ化委員会」が、ヒットラー協力者の責任を追及する〈予備審問〉会が開かれようとしている。呼ばれた人はヒャルト・ワ―グナ―の息子の妻ヴィニフレッド(斉藤有―好演)。そして質問をするのは、戦時中アメリカへ脱出した彼女の娘フリーデリント(飯野薫―好演)。思いがけない状況が明らかにされる。

 他に出演者は、トスカニーニの赤石薦亮・米軍将校の長尾稔彦・幻想のコジマの渡海奈々美、石川純・西島大・福島梓・橋本昭博・坂本明佳・櫻田江美・ピアノ演奏の高畠愛、そしてPカンパニーの菊池章友。

 福田は、この戯曲を1999年に書いて木山事務所が初演した。その時はリヒャルトの妻コジマとヴィニフレッドとフリーデリントの三代の女性を中心にしたという(未見)。
 
 次に「ヴニフレッドと長女フリーデリントの確執に焦点をあわせ」て、「亡命先から戻った娘と当時バイロイトを支配していたアメリカ占領軍の理解ある部分を組織した〈予備審問〉というフィクションを構想」、「新・ワーグナー家の女」(『テアトロ』2004年6月―未読)を作ったという。

 今回は、上演主体が専攻科の学生で、男女の登場人数も含めてさまざまな制約があるから、それで「新訂」ということになったらしい。しかしその制約が好転した。

 芸術科の学生たちであったから、演技者・演奏者・歌唱者等々、すべてが学校の学生で賄えて、統一も取れて素敵であった。生演奏に生の歌唱。演技者のまじめな取り組み…すべてが舞台の華となった。

 この戯曲は史実に基づいている。つまり「大ワーグナーの息子の妻ヴィニフレッド」が、ヒットラーと深い信頼関係にあったという事実。そして娘のフリーデリントが反ナチのレジスタンス活動に走ったという事実。

 この舞台をみるとナチス・ドイツは突然登場したのではなく、国民の98パーセントの支持を持って登場したということがよくわかる。おそろしいことだ。

 国民の多くは大勢に流される大衆であり、多数と言うものの恐ろしさを私たちに知らせる。登場する若い俳優たちの真摯な演技がそれをストレートに告げていた。飯野薫と斉藤有という全く正反対の生徒の演技も大きく寄与した。

 同時に芸術と政治の関係を、大作曲家ワーグナーのバイロイト音楽祭の開催を続けるという行為を通して考えさせられ、さらには占領軍の在りようをも、わたくしたちに考えさせる。

 わたくしたちの国も、アメリカ占領軍に占領されていた5年間があった。
彼らは占領と言う言説を嫌い、進駐軍と呼ばせていた。大衆は彼らを進駐軍と呼び、自分たちがアメリカ占領軍の傘の下で生活していることを忘却していたのだ。いな、忘却させられていた!

 そんなさまざまなことをこの舞台は思い出させてくれた。世の中が混とんとすると誰かに頼りたくなって、強いヒーローを欲しがる。しかし英雄は、本来恐ろしいものなのだ・・・・・・。

 今、わたくしたちの国はそんな状態に置かれている。
 



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