井上理恵の演劇時評

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zoom RSS やなぎみわ演劇プロジェクト「1924人間機械」(あごうさとし脚本・やなぎみわ演出、世田谷美術館)

<<   作成日時 : 2012/08/07 11:31   >>

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やなぎみわの「1924人間機械」を観る(2012年8月5日)

 よく構成された面白い舞台であった! 

 このブログで既に紹介したが、今年の2月から神奈川県立近代美術館の葉山館で始まった「村山知義の宇宙――すべての僕が沸騰する」が、京都・高松を巡回して、今、世田谷美術館で開催中である。
この公演は、その美術館の展示会場に隣接するレクチャー・ルームで行われた。

 村山知義のベルリン時代から帰国後のモダン・ダンスの公開、そして左翼的演劇集団への参加までが表現される。村山の詳細を知りたい方は、わたくしたちの本『村山知義 劇的尖端』(森話社)をみていただきたい。

 やなぎみわは、21世紀の我々からみた<村山知義>を作っている。
「1924 Tokyo−Berlin」「1924 海戦」の上演済み二作に次ぐ三作目の作品が今回の「人間機械」(台本未見)。
二作目は、昨年年11月にブログで批評した。

 「人間機械」は村山の小説のタイトルで、単行本の書名でもある(1926年刊)。
第一次大戦後にドイツのベルリンに溢れ出ていた傷痍軍人たち(廃兵)を村山は、小説の中で「人間機械」と呼んだ。その様子はグロッスの絵画に描出されているから興味のある人たちは見るといい。


 つまり国家の闘いに駆り出された兵士が無表情(人間機械)の人形のように戦わされ、そして傷ついて棄てられる(廃兵)、ということを意味している。

 舞台は、美術館の入り口から始まる。やなぎの舞台に必ず登場する案内嬢(今回は水色――外国帰りだから海の色にしたのか・・・そのルパシカ風スーツと白い帽子に手袋)が、イヤホーン・ガイドを装着するよう説明。観客は音量も指定されて耳に付ける。この管理された始まりは、まさに〈人間機械〉に私たちが、変身(?)する、あるいは否応もなくさせられるような瞬間であった。

 しかも場所が劇場ではなく美術館である。この中に所蔵されているものは、お金に換算すると膨大で、しかも換算したところで、どうにもならない作品が沢山あるわけだから・・・・二つとない作品という意、大変な危機管理とリスクがともなう。

 そういう意味でも、美術館側はひやひやであったと推測するが、黒服のSPならぬ私服の館員たちの素晴らしいガードと協力があった。日本も21世紀になって、やっとイギリス並みになったのかと、少々嬉しいし、感謝だ。

 会場に案内されて椅子に着く。案内嬢は皆、同じ顔の仮面を付けている(山本麻貴・松本芽紅見・花本有加・松本萌・あごうさとし)。この顔は女装したあごうさとし・・・・?それともやなぎみわ・・・? そして抑揚のない調子でセリフを続ける。この一本調子の表現は、長くなり慣れてくると睡魔に襲われるから、困る。

 村山を演じる升田学が、村山のダンスの黒い衣装を着けて箱にはいって登場、動き出すと若いころの村山もこんな風だったのかと、ふと思う。ニッディ・インベコーフェンのダンス(展示会場にあり)に魅了された村山が、ニッディ、ニッディといいながら追い回す様子が面白く、雰囲気としてわかる。

 スクリーンに映像を写しながら、前面でダンスや闘いが進む。村山は映像と劇の両立・・・・連鎖劇とかつて言ったのだが、それをやりたいと1926年ごろに言っていたから、現在の科学が進んだ劇場機構でならどんな冒険もできるのに・・・・・と見ながら突然、思う。

 劇場機構ではない所で、とてもよく映像とピアノとそしてベートーベンの音楽とが機械人間たちと融合していた。

 案内嬢は、文字通りあらゆる次元へ案内する存在であり、同時に管理する存在でもある。観客は彼女たちに管理されたり、誘導されたり、あるいは突き放されたりしながら、「人間機械」を観る。

 ダンスを棄てて、演劇へ移行するところが、未だ研究途上であるのだが、この舞台でも明確ではなかったように感じる。

 しかし、そんな変化に論理的解釈はいらないと、わたくしは思うのだが、それに拘る研究者も、実際いる。

あごう扮する案内嬢が、制服を脱いで、スーツになると、あのトレードマークの坊主頭の村山が登場し、帝国主義反対をアジル・・・・・(?)。このあたり、瞬時68年から73年頃の学園闘争期の新左翼集団のアジテーションみたいにおもった。

 30年代の左翼的演劇青年は、もっと洒落ていたから、左翼劇場の斬新な集団的舞台――たとえばシュプレヒコールで「青年教育」とか「生きた新聞」とか「青いユニホーム」なんかを案内嬢を使いながら表現した方が、アヴァンギャルドから左翼演劇への移行もスムーズに理解され良かったんではないかと感じだ。なにしろ、左翼劇場の「生きた新聞」という時事表現はとてもヴァンギャルドで斬新であったからだ。すぐにリアリズムへ行ったわけではない。(やなぎみわが、という意味ではなくてどうも多くの人たちは、この辺り誤解している)

 そして美術館での上演禁止がアナウンスされ、全員が誘導されて保管庫へ行き、車に積まれた未公開展示品
を見ながら車は去っていく。これは衝撃的な終わり方で、さらに初めに登場した村山が、ガラスケースに収められて収蔵庫へ入れられて、この舞台は終わった。


 なかなか暗示的であった。
つまり新興美術やモダン・ダンス・新興演劇・小説をやっていた村山知義は、過去の存在となり収蔵された、ということを意味しているのだろう。

 過去の村山にしてはいけない・・・・・ということのやなぎとあごうの意思表明であるように、わたくしは受け取った! 
 同時にわたくしたちに起こった未曽有の「事件」・・・・そう、3・11、あれはまさに事件であって、過去の未解決事件として資料室に、収蔵庫へ入れてはいけない。入れるように管理されてはいけない。

 そんなふうにも受け取れた。

 車に乗ってスピーカーを付けて声を発して、外へ出て行こう・・・・・・・!  

 まことに興味深い舞台であった
 

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