井上理恵の演劇時評

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zoom RSS 長塚圭史の「あかいくらやみ 〜天狗党幻譚〜」( 阿佐ケ谷スパイダース公演、シアターコクーン)

<<   作成日時 : 2013/05/09 09:58   >>

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「あかいくらやみ」を観る(2013年5月6日)

 長塚圭史の舞台をみるのは二度目であるが、今回の舞台も残念ながら良くない
戯曲(未見)の整理が出来ていない。二時間半を休憩なしでやれる芝居ではない。(山田風太郎の原作未見)

 プレイビルが出ないので役名と俳優名が分からないが、ざっと内容を追うと、舞台は、1945年の敗戦時に始まる。

 小栗旬の帰還兵が戦後の混沌時に女と出会い温泉場に行く。二人はかつて知り合っていたらしい。案内するのは白石加代子の老婆。老婆は天狗党と関係がある。

 ここで時間がもどり、幕末へ・・・・・顔を白く塗った幻影というか亡霊が多数登場する。
明治維新前夜に尊王攘夷を掲げた水戸藩の過激派グループの天狗党が京へ向かって行進する道すがらと、企ての失敗とが、幻想のように舞台に展開する。

 舞台装置は真ん中に高い丸い盆、その前面は二段ほど低くなっている、そして更に舞台の最前面は一段高くなる。
 三層の舞台、どうやら最前面は川になったり、道になったりしていた。

 舞台前方の観客には非常に観にくい装置であった。

 天狗党は水戸藩内の権力争いをした一方の集団だ。激派軍団で、それに対するのが諸生党。
天狗党の傍若無人振りや尊王攘夷が、藩内でどんなことになって意見対立が起こったのかなどは、この舞台ではよくわからない。なんだか皆いい人みたい〜〜〜〜そんなはずはないだろうに〜〜〜〜

 白石扮する老婆の若いころの女性が出て来て、口にガムテープ(この意味が不明、もしかしたら彼女の意志なく男と性交をしたということを意味するのか???)の女が、天狗党や諸生党の男たちと寝て、それで天狗党の多くの人々が投降したようなセリフがあったが、・・・・・これもいかがなものか・・・・こんなことで投降?

 そして問題は、その女、つまり白石扮する女の子供がいがみ合う両派の子ということになって・・・・・・
その子を育てたのが、天狗党を抜けた百姓で「仙太」みたい・・・

 これではなんだか、三好十郎の「斬られの仙太」を意識していたように、すぐに思った次第・・・・・

 その子が太平洋戦争で死なずに戻ってきた兵士の小栗旬・・・・
いやはや、なんという輪廻転生?

 誠に詰まらない話になっている。

 長塚圭史は、ロンドンで三好十郎に出会い、彼の戯曲に傾倒したという。そんなことから三好の天狗党を扱った「斬られの仙太」と同じ題材で、違う角度からの舞台づくりを試みたのかもしれない。
 
 わたくしにはそう読めた。が、この舞台には長塚が天狗党の京都行きをどのように観ているのか、が分からないし、なぜ長塚が天狗党に惹かれたのかもわからない。

 しかも尊王攘夷の旗を持つ帰還兵が裏には八紘一宇の文字! これは何だ! 全くおかしい。
長塚にはこれは同じに映っているのだろうか・・・・

 過去の歴史と近現代の歴史とを徒に結びつけるのは、やめたほうがいい。それをする前に過去の歴史の何に惹かれたのか、それをどのように観客に手渡せばいいのか、それを考える方が先だろう・…、と思う。

 大げさな衣装をまとっている割には、駄作であった。
俳優とは、まことに哀しい職業であると、またもや思ってしまった。

 まだ時間があるようだから、更なる手直しを期待したい・・・・・



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