井上理恵の演劇時評

アクセスカウンタ

zoom RSS 桐朋学園芸術短期大学声優コース47期卒業公演「神隠し 八十八ものがたり」(岡安伸治作・演出)

<<   作成日時 : 2014/03/09 12:02   >>

トラックバック 0 / コメント 0

声優コースの卒業公演、2014年版「神隠し 八十八物語」を観た(2014年3月6日14時公演)

 「声優」というと、セリフだけが言えればいいと誤解している人たちがいるようだが、実は違う。

 かつて声優というジャンルはなかった。
ラジオが登場した時、声の出演をするのは、アナウンサーと落語家と演劇人・…特に新劇俳優たち。

 新劇俳優たちが、ラジオドラマに出演して演じていた。
声だけなので、上手な俳優でなければ聴取者の耳に耐えられなかったからだ。

 そしてテレビが誕生して、テレビ出演する俳優たち…今ではタレントと呼ばれている…・が生まれた。
そのうちここには、映画俳優・新劇俳優・テレビタレント・歌手・素人さん・・・・等々が出演するようになって、現在にまで及んでいる。

 が、外国映画が放映されるようになって、吹き替えという声優が必要になったとき、セリフがキチンと言えなければいけないから、演技力のある新劇俳優たちが、また必要になった。

 そして大小の新劇団の俳優たちが声の出演をしたのである。今もこれは続いている。しかし彼らは舞台俳優なのだ。

 そのうち外国映画が増加して〈声優〉という俳優のジャンルがテレビ界や映画界の社会的要請で登場したのだろう。
 しかし現在テレビ映画をみると、その能力はピンからキリまであるのが現実だ。

 
 演じる存在は、本来、生身の人間の全身で表現しなければならないから、〈声〉だけで演じれば、それで済むというわけではないのである。

 だから〈声優コース〉は、演劇専攻の一つのコースなのである。ミュージカルも同様だ。

 桐朋学園の声優コースの卒業公演は、それを見事に示していた。

 岡安伸治の「神隠し 八十八ものがたり」は、語りあり、歌あり、芝居あり、踊りあり、アクロバットありのかなり難しい舞台であった。〈声〉だけの訓練ではとてもできない。

 演出の岡安はじめ、指導者たちの熱意と学生たちの努力に大きな拍手を送りたい。

 演出の難しい要求を学生たちが、一丸となってこなしていたのには、まさに仰天・・・・いい世界を表現していた。

 音楽専攻の学生の演奏も、いつもながらとてもいい。

 演劇と音楽が一つになって舞台空間を生みだすことが可能なのも、桐朋の大きな利点だ。音楽は生でなければいけないというのが、舞台の鉄則だ。

 これからもこうした舞台を生みだし続けてほしい。

 一般社会の理解同様に学生の中にも〈声優〉は、声だけでいいと思っている人たちもいるから、指導者たちはさぞ大変であったと推測するが、上演時間1時間40分という中で、村人が全て消えた恐ろしい話を、笑いとペーソスを交えて描き出していた
 
 「神隠し」は、実は百姓一揆で騒いだ農民たちを、権力が一掃した!!!!  

 そんな恐ろしい行為は、私たちが知らされないで、そこここに存在するのだ、と作者の岡安は、警鐘を打ち鳴らしている。

 現在のわたくしたちを取り巻く状況も、〈安全〉といいなが決して〈安全ではない〉もの、〈全員雇用〉といって〈全員非正規〉状態、〈隣国恐怖〉というおどし・・・・・などなど、不可思議な言説が闊歩している。

 そうした現実を、わたくしたちに若い学生たちのエネルギーあふれる舞台が見せてくれていた

 彼らの未来に栄光あれと願わずにはいられない・・・・・

月別リンク

桐朋学園芸術短期大学声優コース47期卒業公演「神隠し 八十八ものがたり」(岡安伸治作・演出) 井上理恵の演劇時評/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる