井上理恵の演劇時評

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zoom RSS 利賀村 SCOT SUMMER SEASON 2016 「ニッポンジン」「世界の果てからこんにちは」

<<   作成日時 : 2016/08/30 12:34   >>

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富山の利賀村で「ニッポンジン」と「世界の果てからこんにちは」を観た(2016年8月27日)

 利賀村は遠い〜〜   実はSUMMER SEASON は初めてだった。
これまで勤務先の雑事に追われ、その後は体調を壊すなどなど、つまらぬ理由で行かれなかった!

 午前11時半過ぎ富山空港に着いて、JRの駅に向かい、迎えのバスを探して乗り込む
      ・・・・異空間への旅が始まる・・・・・13時

    都会の騒音も、それに伴う雑事も、バイバイ・・・・さようなら〜〜

   まるで銀河鉄道に乘り込むような気分・・・・・・久しぶりだ・・・・・

 台風が来ているから天候が怪しくて、霧雨が降りだす・・・・ 山越えをして、山のお腹のトンネルを走る・・・

  利賀芸術公園バス停に到着した・・・・15時過ぎ  雨が降っている。 

        世俗の垢を落とすかのように雨が降る

     受付をして「ニッポンジン」と「世界の果てからこんにちは」の整理券をもらう〜〜〜

 たくさんの人が行き交っている! 知っている人はいないかと、探すが・・・・・いない・・・・・

「ニッポンジン」の開場だ。16時15分前

   新利賀山房に入ると・・・・いたぁあああ。菅孝行さんとリンユウピンさんがいた・・・・・ホッとする。
     隣に座って…開演を待つ。
 
 この舞台は、吉祥寺シアターで既に観たことがある。細かい記憶は薄れている。
         昨年の暮れの項目を確認したが、ブログにも書かなかったようだ。

   長谷川伸「瞼の母」が下敷きになっている。鈴木忠志構成・演出  
     出演者:母ー斎藤真紀、ニッポンジンー石川治雄、 ダイスケ―植田大介、 娘―木山はるか、
          ヤクザー加藤雅治、 ヤクザー藤本康弘


    幼児に別かれた母を探す博徒忠太郎(ニッポンジン)と
   料理屋を営む羽振りの好い母おはま(母)との再会と別れ

    母探しの物語

  日本の母探しは、互いにそれと認めながら、〈再度の別れ〉になるという所が興味深い

    権力者が利用する母性は、ここでは忠太郎に注がれない。

    二人とも故郷を離れて都会で再会するも富裕な母は、息子と知っていながら拒否


      対するもう一人の母は、同じ博徒であるが半次郎(ダイスケ)を逃がし、救う。 母性を発揮する!!!

              さてさて、あなたなら・・・・・どうするか・・・・・この場合。  

              二人の母は、裕福だ・・・・・という事を忘れてはいけない



     長谷川伸の序幕は、金町の博徒半次郎が、身内を殺して実家に逃げ帰り、追手がくるところから。

   鈴木の舞台は

     母おむら(おはまと二役)と半次郎が並んで突っ伏していておきあがるところから始まる。

      妹おぬい(娘)は、少し後ろで突っ伏して、起きると常時読書。  これが幻想ということなのだろう。


    半次郎を追ってきた二人の博徒が、なんとなくサングラスをかけて今風で怪しい雰囲気

     おむらは半次郎を叱るが、その身を立て直させるために常陸のおじさんに預けるという。

     半次郎はフリルのついたシャツを着て、これまた遊び人風のおかしな格好・・・・

     おむらは甘い・・・・博徒半次郎を棄てない・・・・追われる半次郎を忠太郎が助ける・・・・

        半次郎は、母に「救われる・・・」が、半次郎を助けた忠太郎は、母に「拒否される」・・・

            大体がこんな話だ・・・・・

  

   配布されたチラシには

   「失われた日本の心情が、孤独な老婆の幻想をとおして、新利賀山房の闇に蘇る」とある。

  新利賀山房の家の中の上演が、ニッポンの古へと観客を誘い込む。この空間がいい・・・・

 
  母性や手助けが、「日本の心情」・・・・・ということなのだろうか・・・・・


    日本人に限らず、母性や父性はある。が、特に日本人の場合、おむらのように甘いのだ。

    そしてそれが、子供をダメにする・・・・・ と、わたくしには思われる。

 財産や家の名があると、それを喰いつくされてはたまらない、名前を穢されてはたまらない・・・・

   ということで「拒否する」場合が多い・・・・  ハンキンの「蕩児かえる」等いい例。

 家族の問題は、世界の大問題だ。
(気持ち悪いほどに家族・家族を強調する政権を持つわたくしたちは、自身の問題として考えなければならない)

恐らくハンキン「蕩児帰る」を下敷きにしたと思われる菊池寛「父帰る」も、すさまじい近代性が描かれている。

これについては、『家族の残照 菊池寛「父帰る」』(拙著『近代演劇の扉をあける』社会評論社)に書いた。
   是非読んでほしい・・・・

  日本人とは、何かを・・・・・この際だからよくよく考えよう〜〜〜〜



「世界の果てからこんにちは」(野外劇場)――花火付き・・・・・・鈴木忠志構成・演出  

 日本の過去の戦争を振り返り・・・・最後には「ニッポンはお亡くなりになりました」・・・・・! 19時半開演

  俳優たちのセリフの間に上げられる花火が、非常に暗喩的で、頭の上で炸裂する花火は、焼夷弾に思え、
    舞台の先で横に飛び散る花火はB29の艦砲射撃の様で、怖い・・・・

  戦争を体験しなかったわたくしたちは、
この舞台から体で戦争の恐怖を味わってしまった。頭ではなく体で・・・・その恐ろしさを実体験する。21時終演


 現在、わたくしたちは「武器をつくらない・もたない・うらない・つかわない」 という国に居るはずだが、
実際は変わってきているようだ。

 駈けつけ手助けも止めて、武器を持たない、武器を使わない国にしていかなくてはならないと切実に思った。

 多くのニッポンジンは、利賀村へ行って、自然の中で展開する芝居の世界を我がことと感じるといい!
     
 
   鈴木忠志はいい舞台をわたくしたちにプレゼントしつづけている〜〜〜〜 

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