井上理恵の演劇時評

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zoom RSS 演劇集団円 橋爪功主演「景清」(近松原作・フジノサツコ台本・森新太郎演出、吉祥寺シアター) 

<<   作成日時 : 2016/11/19 23:10   >>

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円の「景清」を観た(2016年11月18日)


 とても面白い〜〜〜!  是非、吉祥寺へ行ってみてほしい〜〜〜!

     11月27日まで上演中。

 ☆    ☆    ☆    

  実は本日も朝から仕事。先ほど帰宅して、明日も朝早いため、詳細は、後日。
          
上演期間が短いから、おすすめ演目ということで・・・・・とりあえず・・・・・ご紹介・・・・・・(2016,11,19記)


 ☆   ☆    ☆

   
(2016年11月21日記)

当日配布のplaybill によれば、フジノサツコは近松の「出世景清」と謡曲「景清」を基に脚本を書いたらしい。


 平家の武士景清は、平家物語に登場しているから、これを題材にして

能楽(謡曲)・幸若舞・浄瑠璃・歌舞伎・・・・等々様々な芸能に取り上げられてきた。
身近な舞台は歌舞伎十八番の荒事「景清」で「牢破り」の景清が有名だが、近年はあまり上演されない。

 近松は、景清の悲劇的な葛藤を描出して竹本義太夫に提供、初めて太夫と組んだ作品(初演)。
  この作以降は古浄瑠璃から脱して現代的な浄瑠璃になったといわれる。それは葛藤が描かれたからだろう。

フジノは、〈しころ引き〉(綱を引きちぎる)、〈悪七兵衛景清〉(勇猛果敢な景清という意)、という説話を取り込み
〈景清の娘〉〈阿古屋〉〈小野姫〉等の女たちを配して、近松同様に景清の内面のドラマを立ち上げた。

   ドラマとして、なかなかよく構成されていて、アダプトが素晴らしい。

しかも俳優が身体をさらして演じるのは、景清の橋爪功と景清の娘・高橋理恵子のみ。

他の役回りは、和紙でできた等身大の人形をもちいて、それを操るのは陰にいる俳優たち。
セリフも影の俳優が発する。文楽のように黒子ではなく、白い衣装でこれも良かった。

 人形の女性の役を男優が操り語る、女優は子役を操り語っていた。

   この方法もいにしえに遡るようで面白い。

 演者は、セリフも良く、時代物の破天荒な世界だから、戦の場で切り殺された兵士たちが、腹や首から血管が出てくるという説話も取り込みやすく、人形にしたのは、正解だ!!

  存在理由により人形の大きさにも大小があって、このつくりも面白い。

 戦いに正義の戦いはないこと、戦い(戦争)というのは、人を殺すことであり、殺されることであり、
犠牲になるのは、常に女子供と有象無象の兵士たち。

 支配者は決して死なない・・・・・そんなこともわからせてくれた舞台であった。

 信頼と疑念と憎しみと愛と義(誰に対するものか・・・)と無と救い・・・
   様々な人間に内在する想いが行き交う舞台は、観客を打つ。

 激しい内容にもかかわらず、橋爪はじめ俳優たちの冷静な物言いは、悲劇をさらに浮き立たせた。

 舞台の始まりは、娘が景清に、なぜ自分が生まれたのかを問うところから
  景清の歩んできた壮絶な過去へいく。


 ☆参考までに宝生流謡の筋を引く☆
 

 平家没落の後、日向に流された悪七兵衛景清を慕って、幼い頃別れた娘の人丸が訪ねてくる。
景清は盲目となり老残の身、それを恥じて娘を立ち去らせるが、里人の計らいで対面することになる。

 景清は武将としての栄光の日々を追懐し、娘の所望により屋島の錣引きの武勇譚を語る。
 父娘の情愛に心惹かれつつも、それを断ち切り、わが跡を弔うようにと言い含めて、永遠の決別をする。

 ☆     ☆

 フジノサツコは、この父と娘の体面を材料にして、まったく異なる世界を生み出した。
     なかなかの力量だ。

 脚本の静寂と殺伐と哀惜と残忍と悲惨とを、表現した演出の森新太郎と俳優たちに大きな拍手を送りたい

 橋爪と高橋以外の俳優たち(順不同)

 阿古屋(石住昭彦)、小野姫(戎哲史)、源頼朝(原田翔平)、熱田大宮司(中平良夫)、弥石(乙倉遥)、
伊庭十蔵(清田智彦)、梶原景時(渡辺穣)、梶原影季(原田大輔)、畠山重忠(石原由宇)、
二三太(久井正樹)、弥若(新上貴美)
 

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