井上理恵の演劇時評

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zoom RSS 新作能「オセロ」(泉紀子脚本・詞章、辰巳満次郎演出・節付・主演、京都大江能楽堂)

<<   作成日時 : 2016/12/12 17:35   >>

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新作能「オセロ」を観た(2016年12月3日京都大江能楽堂)

初めて新作能を観た。「オセロ」がどのように上演されるのか興味があった。

 「オセロ」を日本バージョンで最初に上演した(1903年)のは、川上音二郎である。

 そのときはオセロは台湾に鎮圧に行くという設定になっていた。オセロが川上、デズデモーナは貞奴だった。


 シェークスピアの「オセロ」は、現在形で話が進むから、平家物語から題材を得ている能が、
  どのようになるのかと思っていたが、やはり死後の世界になっていた。

   内容を記してみたい。

  吟遊詩人(原 大)が登場。彼はベネチアから神々の島キプロスにやってきた。
  廃墟の庭園に迷い込む。

  白く輝く花を一枝手折ろうとすると、花守(辰巳郎満次郎)がくる。

  花守はオセロの亡霊であった。彼はデズデモーナの許しをこいたいと思っていた。

 吟遊詩人はもう一度オセロに会いたいと眠る。が、現れたのはイヤーゴの亡霊(茂山逸平)であった。

  そしてオセロとデズデモーナをどのように罠にかけたかを語る。

  シェークスピアでは、ハンカチーフであったが、それが能では扇になっている。

  ついでオセロの霊が生前の勇ましい姿で登場。
 イヤーゴの偽りの言葉を信じ、嫉妬して命を奪い、自らも自死したと告げる。

  衣装も面も新しく作ったという。勇ましいオセロであった。

 悩み続けるオセロを見捨てられずに〈中有〉にとどまり続けるデズデモーナの霊(和久荘太郎が登場する。

 霊は、生前も死後もオセロを愛する気持ちは変わらないというが、

  言葉に裏切られていたオセロは言葉への〈絶望感〉から逃れることができない。
  自分の手で殺した自分を許すことができないのだ。

  デズデモーナは〈中有〉に戻る。オセロは果てしない苦しさから救ってくれと詩人に訴えて地獄へ帰る。
  詩人は悲劇を詩にして歌い伝え、詩の力で魂を慰めようと約束をする。


   歩みや振りは、宝生流の演技であった。上手だ!!!

 やはり、能楽の場合は、過去からやってくるという設定にしなければ、能にはならないのだと思った次第。

  興味深い舞台であった!!!

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