井上理恵の演劇時評

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zoom RSS 永井愛作・演出「ザ・空気」劇評、「週刊新社会」掲載!!

<<   作成日時 : 2017/04/23 09:58   >>

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「ザ・空気」の劇評が「週刊新社会」2017年4月25日号に掲載されました


 「危ない世相を喝破した永井愛作・演出「ザ・空気」」のタイトルで、5面掲載


   http://www.sinsyakai.or.jp/

電話 03−6380−9960  fax 03−6380−9963


     是非、お読みください。



ついでに、オルセー美術館のナビ派(預言者)の展覧会のお知らせも8面にあります。

      三菱一号館美術館  JR東京駅丸の内南口5分


「週刊新社会」の劇評の全文  2017年4月27日付記

(紙面では若干短くなっています。また、俳優名と役名に誤記がありました。お詫びして訂正します。)

  危ない世相を喝破した永井愛作・演出「ザ・空気」(2017年二兎社公演)

 〈忖度―そんたく〉という言葉が今、新聞紙上を賑わしている。もともと〈忖度〉は、「物事の事情や人の心などを推し量る」推量の語だ。〈母の心中を忖度する〉という例文に示されるように、人の推量行為の〈良い面〉に使用されていた。ところが昨今の使い方は反対だ。

 今年から「道徳」が「特別の教科」に位置づけられて文部科学省検定教科書を使い、成績評価も実施されるようになった。「池上彰の新聞ななめ読み」(朝日新聞2017年3月31日)で、文科省と教科書会社の例を挙げて〈忖度〉に触れている。小学一年の教科書に、文科省が「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ」という点がたりないと指摘した。教科書会社は、教科書に登場する「パン屋」と「アスレチックの遊具で遊ぶ公園」が問題かと推測し、「和菓子屋」と「和楽器店」に差し替えた。「教科書会社は文科省の顔色をうかがって忖度し」たのだ。

 実はこの差し替え、落ちがある。斎藤美奈子が東京新聞「本音のコラム」(3月29日)でパンも和菓子も外来のものだと指摘、全く大笑いだ!! 人が住む社会はいつでも世界と繋がっているのに……情けない。

 新聞やTV報道番組でも〈忖度〉は大活躍、日本の「報道の自由の危機」を痛切に感じざるをえない。マーティン・ファクラーの著書を読むとその根深い恐ろしさがよくわかる(『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』、『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』他)。

 劇作家永井愛はファクラーの著書から日本固有の「記者クラブ制度」を知り、「ザ・空気」を書いた。日本には明治以来「報道に自由がない」といっても過言ではない。

 流行語〈空気を読む〉は〈忖度〉と同じだが、もっと悪い。「外部・内部の圧力とそれを恐れる自分の心」が〈空気〉 の実体で、「そこから自自分自身を守ろうとする」のが〈空気を読む〉という行為だ。これをテレビ報道番組の編集現場を舞台にして描きだす(1月15日〜3月20日、富士見市・東京・三重・愛知・長野・山形・宮城・岩手・兵庫・滋賀などで上演)。

 登場人物はTV局報道番組編集者今森俊一(田中哲司)、キャスター来宮楠子(若村麻由美)、アンカー大雲要人(木場勝己)、ディレクター丹下百代(江口のりこ)、編集マン花田路也(大窪人衛)。
 
 場所はテレビ局の会議室。この会議室はかつて闘い敗れたアンカー桜井が自死した場所だった。
  
 舞台の時間は昼から夜の放送時間前までと、その二年後。

 永井愛は、現実社会の〈忖度〉と〈空気を読む〉という目に見えない〈巨悪〉を、写実タッチでグイグイと浮き彫りにしていく。抽象性を多分に含む無機質で簡略化された写実的装置(美術大田創)が、この芝居の〈恐ろしさ〉を倍加させ劇的効果を上げる。

 特集は、日本の「報道の自由は今…! 権力の介入を許さないドイツ」というタイトルだ。電波の許認可権を握っている総務大臣の「電波を止める」発言に仰天し「ヒトラーの時代のドイツ人レベル?」と、驚いたドイツ人ジャーナリストの言葉に端を発し、日本のジャーナリストが抱える危機感に光をあてる特集だ。

 早速このタイトルに〈公平公正な放送を望む国民の会〉から文書や電話攻撃で脅しが来る。桜井の後任・右寄りのアンカー大雲が部分差し替えを要求、特集の提案者来宮は、「権力を監視するウォッチドッグだとは言えない」と反対し、自己規制するのかと今森に詰め寄る。

 「今回何より伝えたいのは、ラストの日本人ジャーナリストの証言だろ? あの三人が語る事実は重い。その直前には、ドイツ人ジャーナリストが、自分たちに保障された自由を語る。過去を克服したドイツには、政治的タブーがない、だから、権力からの圧力もない、番組の改変なんて、できない仕組みになっている。そのあと、あの三人が登場して、日本の報道現場の萎縮、忖度、自己規制について語るんだ。この対比だよ。このコントラストが何より雄弁なんじゃないか。よけいな例えを出さなくたって……」と差し替えを認めはじめる今森。

 反対を無視して大雲は言葉巧みに丹下・花田ら編集担当者と社の上層部を巻き込み、ついに専務と常務は「特集のラスト、日本人ジャーナリスト三人の証言を丸ごと削れ」と命令。動転した今森は、彼らに交渉にいくが、会えない。

 丹下は言う。〈私の方には、局内部の部長やデスクが毎日プレッシャーかけてくるんですよ。「頼むから、総理の機嫌を損ねるようなことをしてくれるなよ。我々がリーク情報をもらえなくなったらどうしてくれるんだ」って。〉

 会長に直談判しようとする今森に、大雲はいう。「今森さん、会長は政権とジャーナリズムのいい関係を望んでおられます。日本の記者クラブという制度が、世界にも類を見ないものであるのはよくご存知でしょう。明治以来百年にもわたって、政権との協力関係を築いてきた。そこが西欧における監視型ジャーナリズムとの違いです。日本が近代国家となるためには、報道に携わる者が、国家と一丸となって、国民を導いていく必要があった。そのDNAは、そう簡単に消し去れるものではありません。」

 会長の判断で、特集は〈ドイツの報道の自由の問題〉にすり替えられる。日本では番組の編集権の法的責任は経営者の側にあるからだ!! 

 今森は非常階段から飛び降りる。

 二年後の最終場面、死ねなかった今森が局の駐車場で待っている。花田は国民の会に入り、丹下は局を辞めてバイク便のバイトをしている。政権寄りのアンカーになった大雲が、来宮は局の新人教育担当の取締役になったと告げる。

 来宮に今後「一個人のジャーナリストとして、調査報道をやって行こうと思う」と告げる今森に、

 「あなたが入院している間に、憲法は変わった。自衛隊は国防軍になり、緊急事態法も成立した。(略)そんなときに、調査報道なんかして、特定秘密保護法に触れちゃったらどうするの? ここにはもう共謀罪も組み込まれてる。特定秘密を知ろうとしただけで、すぐ処罰の対象になるんだよ。(略)さようなら。あなたといるだけで危険なの。もう二度と連絡しないで。」と去る来宮。

 そんな時代がすぐそこに来ている……!  

      (「週刊新社会」2017年4月25日(改題)第1015号5面)





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