井上理恵の演劇時評

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zoom RSS ハット企画「シェフェレ ―女主人たち―」(シュヴァーブ作、スラヴァ演出、新井純・石井くに子・コトウ

<<   作成日時 : 2017/05/28 11:38   >>

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「シェフェレ」を観た(2017年5月12日下北沢「劇」小劇場)

芝居巧者の、つまり演技ができる俳優たちの、見事なストレートプレイの舞台を久しぶりで観た気がした!

 出演は、懐かしい新井純・石井くに子、そして初めて見た俳優のコトウロレナ。
それに宇野亜喜良の宣伝チラシの少女たちも懐かしい〜〜〜(台本未見)

七字英輔と寺尾格のアフタートーク「うんこの逆襲」があったようだが、聞きに行けなかった。残念・・・・・・


緊急の仕事に追われているうちに芝居は終わり、
アップも遅くなり印象も薄れてしまったから芝居の詳細は遠慮する。

が、この再演舞台は、今も多くの事をわたくしに囁いてい呉れている。
俳優の演技とは別に疑問もある。遅くなったが記述しようと思った。

 貧しい年老いた掃除婦たちの台所での三人の「四方山話」が、俳優たちの自然で見事な演技によって
救いを求め、個人的悩みに負けず、希望を失わず、現実に生きる姿を浮上させていた。

 マリードゥルは、この舞台では若い俳優がやっていたから、想像妊娠をする、
あるいは精子を取り込まずに妊娠したマリア様のような存在を夢見る女になっていた!


 「うんこの話」は掃除婦マリードゥル(コトウロレナ)の仕事――便器掃除から度々登場する。
この台所の所有者エルナ(新井純)や友人のグレーテ(石井くに子)は、住居全体をきれいにする掃除婦らしい。

 配布された冊子によると、作者はウイーン造形大学で彫刻美術を学び廃棄物をオブジェとして作品を発表してきたらしい。それで人間の出す「廃棄物」ということで「うんこ」を題材にした戯曲をかいた。

 チラシに「われわれが抱えている廃棄物汚染、核問題、戦争、高齢化等々、
21世紀に深刻となるであろう問題のすべては、結局のところ「廃棄物処理」にいきつくのではないか。
W・シュヴァーブ(1958−1994)の「ウンコ劇連作の現代的意味を一言に凝縮すれば、おそらくは、そういうことになるであろうか」(寺尾格「排泄と猥雑と暴力、シュヴァーブの三位一体」より)という一文があった。

 深刻な問題は同感だが、これらを「廃棄物処理」と一つにくくっていいかという疑問が浮ぶ。


 演出のスラバは、ヴェアチェスラブ・サムブリシュが正式な名前で略称スラバと言うそうだ。
モルドバ共和国のイオネスコ劇場に所属する俳優・演出家で2009年にこの作品を演出して演出家デビューをしたそうだ。

 狭い劇場で、舞台に現実そっくりの台所が出現していて、あたかもそこに観客が遊びに来て一緒に話をしているかのように感じさせていた。

 さて、原子力発電が吐き出す廃棄物は、一度吐き出されると永遠に消えない。
これは地球にとって誠に厄介な消えないゴミだ。
しかも自然に放射能という悪いものを出し続け生物に悪影響を与えるゴミだ。


 生物が出す「ウンコ」は、消えないゴミではない。堆肥になり、土に埋めれば消える。廃棄物ではない。

 その証拠に、マリードゥルが、詰まった水洗便器を掃除すると、そこにはビンが、缶が、詰まっていたと、確か語っていた。

 わたくしたちの国は、人が出す汚物と言われる大小便を、江戸期から見事な循環工程で再利用していた。
 それは素晴らしい文化であったと思う!!

昭和の30年代まで東京にも「おワイヤさん」という存在があり、汲み取り便所に集めに来ていた。


 近代文明が便所を水洗にして、便所はトイレ・レストルームとかいう呼び名になり、
異物が入ると「詰まる」ようになったのだ。


 高齢化社会は、世界中で問題になっている。
しかし社会を維持してきた存在は廃棄物ではない。
命の続く限り、この芝居の女性たちのように、過去を懐かしみ、子供に嘆き、
にもかかわらず未来に希望をもって生きていい。


 今、わたくしたちの国の人々は、最悪の事態に追い込まれようとしている。
それに気づいている人々は、ほんの一握りで、多くの人は自分たちが、便器に詰まった「ビンやカン」になっていることを知らない。

嘆きばかりに生きなければならない事態が隣に来ている。

 

 今朝の東京新聞「本音のコラム」(2017年5月28日)
 山口二郎「国がほろぶ時」
「権力者の我儘に政治家や役人がひれ伏すような国は早晩ほろびる」

  まさに「今」、わたくしたちは亡びる日を待っているに等しい。

 国会が、政治家が、役人が、すでにどうにもならない廃棄物になっているのかもしれない。

こんな時、演劇は何ができるのか・・・・  

哀しい現実につくづく権力の無いものの無力さを感じざるを得ない・・・・・ 

 

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