井上理恵の演劇時評

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zoom RSS 「その人を知らず」(三好十郎作・鵜山仁演出・新劇交流プロジェクト公演)

<<   作成日時 : 2017/07/03 00:22   >>

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「その人を知らず」を観た(2017年7月1日あうるすぽっと)

今回の舞台は、俳優たちに適材適所を得て、テンポよく、しかもわかりやすく、上演された。

長すぎてどうなることかと思ったが・・・・・杞憂であった。

主な役では友吉役の木野雄太がはまっていたし、人見先生の大家仁志、貴島の山本龍二、北村の藤原章寛など、
内面を上手に表現していた。

戯曲を読むと、どうしても友吉は、「少々たりない」のではないかと思うのだが、
今回の演出ではそのあたりを強調せず、生真面目でキリストの教え、汝殺すなかれ、汝の敵を愛せよ、を
純粋に信じている少年(若者)、という造形にしたようで、それに木野が巧く合ったのだ。

いつもの三好の口癖「しかし」が、今回も人見の妹の口から出ていたのに気づいて、女の話し言葉で演説ではないから「しかし」はないだろうと、思ったのだが、

もしかすると、三好は故意に使用しているのかもしれないと、感じた。
これについては、これから考えてみたいと思う。

今回の舞台は、幾つか新しい感じ方を与えてくれた。

この作品は1948年6月に発表されたものだ。
日本はまだアメリカ軍に占領されていた。平和憲法は出来たばかりだった。
48年初めにアメリカ陸軍長官が、日本は共産主義への防波堤、などと発言もしていた時だ。

三好は1934年のプロレタリア演劇運動末期に「斬られの仙太」を書いて、村山知義に仰天され、三好は〈転向〉したと位置付けられた。実際、転向する。

この後三好は、運動からもマルクシズムからも離れ、独特の日本論で戦争中を歩み続ける。

戦時中は迎合する戯曲も書いた。天皇礼賛の戯曲もある。
若者に満州へ行くことが素晴らしいことだという戯曲も書いて移動演劇で上演された。

つまり三好は友吉のような信念の人ではないし、牧師の人見先生を批判もできない存在なのだ。

あるいは戦後、ストライキや労働運動を始めようと言い出す工場の仲間を揶揄したり批判したりもできない。

が、「斬られの仙太」のように左翼組織批判は、この戯曲にはなく個人の行動を焦点化している。

今回の舞台を観ながら、もしかするとこれは三好の自己批判の戯曲だったのかもしれないと思った。

佐々木隆から、兵役拒否をしたキリスト教徒の話を聞いて涙し、それを戦後に書いたというのが三好の「その人を知らず」に関する有名な逸話だが・・・・・・

この舞台に出てくる人たちは、戦時中も戦後も一生懸命に生きたのだ。
彼らを取り囲む狭い世間の中で、それより大きい国家に右往左往させられながら生きた大衆だ。
この作品の中ではそういう人たちが簡単に揶揄されている。

もちろん受け入れる必要はないが、あまりにあざとい。

これは個人の行動に光を当る意図からなのだろうか・・・・・。

戦時中には、友吉やその家族をいじめ抜いた人々が、戦後はストライキをしようと立ち上がり、友吉の行為を褒めたたえる。その彼らを揶揄している。

1948年という時を考えると、天皇の戦争責任、軍人の戦争責任などを取り上げることはできない。

自己の責任を振り向く良き機会だったのだろう・・・・・・・おそらく・・・・大衆にも反省を促したのか・・・・?


今回の舞台は、友吉の姿を通して大きな力に対抗するには、一人ではだめだということを改めて知らせてくれた。

三好はそこまで考えてはいなかったかもしれないが・・・・・・

自由と平和を願うには一人で主張してもだめで、多数の力で対抗しなければならないということを確実に
この舞台から受け取った。

 これは成功だ!!

同時に友吉には、父が自殺し、兄が死んだことについての自己批判がない。
この戯曲ではそれが表現されていない。そんなことにも気が付いた。

三好は、友吉の「正義を追求する姿勢」をどのように見ていたのか・・・・・・・それが、わからない。

この舞台から多くの事を考えさせられた・・・・・・・

多くの人に見てほしい舞台だ。



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