井上理恵の演劇時評

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zoom RSS 名取事務所公演「ベルリンの東」(ハナ・モスコヴィッチ作、吉原豊司訳、小笠原響演出)

<<   作成日時 : 2017/07/04 11:11   >>

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「ベルリンの東」を観た(2017年7月3日下北沢『劇』小劇場)

 いい舞台であった! 再演だそうだが、初演は観ることが出来なかった。

第二次世界大戦時、ナチスの手足になって生体実験をしていた軍医の息子、ルディ(佐川和正)。
同様にナチスの軍人の息子、ヘルマン(西山聖了)。
強制収容所に入れられたが、終戦後解放されてアメリカ人と結婚した母親を持つユダヤ系アメリカ娘サラ(森尾舞)。

その三人がベルリンで出会う。

三人の俳優たちは各自の役を見事に内省的に受け止めて表現していた。

この日は特に佐川がよかった。
観客に語り掛けるセリフとヘルマンやサラに対するセリフの明確な差異が実に上手に演じられていた。
狭い劇場だから余計に引き込まれる。

そして戯曲がよく出來ている。

カナダの現代演劇作家は、今、すぐれた作品を多く提供しているらしい。
前回の「屠殺人ブッチャー」の作家も戯曲の構成ができすぎるくらいよくつくっていたが、今回のも同様。

筋の運び方、主題は、今作の方が数段優れている。
作家に基本的な作劇術がある。正統的な劇術の上に立って主題が積み重ねられているからだ。

何でもありの、小さな世界にとどまっている日本の若い作家に教えてやりたい・・・・!!

 ベルリンの「東」というのは、ベルリンに住んでいたユダヤ人にとって特別な意味があった。
「東」はアウシュビッツを意味していたのだ。

「東へ送る」というのは「死の収容所へ送致する」ことで、そんな理由からこのタイトルを付けたと作家は言ったそうだ(当日配布のパンフによる)。


 ナチの高位高官は、モサドの追及を逃れて隠れ住んでいる。
ルディの父はアルゼンチンからパラグァイに逃れていた。そこで商売をしている。
逃亡の資金はナチの支援者集団ラインハルト協会(台本未見、確かこう言っていた)が出している。

 ルデイは、父の過去を何も知らされていない。パラグアイでの日常とヘルマンとの出会いなどが語られる。
つまりこの戯曲は、ルディの過去を語る語りの部分と実際のそこでのルディとヘルマン、ルディとサラ、ヘルマン・サラ・ルディの対話の部分から成り立つ。

 交互に出てくるから、演じ分けも切り替えも難しい。

 ルディ役が上手に演じ分けられる俳優でなければ、この芝居は退屈な芝居になる。
得てして思い入れたっぷりに演じやすくなり観客は、勘弁してと言いたくなるが・・・・・。
その点佐川は切り替えも良く、スピーディで素晴らしかった。

 ベルリンで父の所業を調査していいる時にサラとしりあう。
二人はアウシュビッツの資料を調査していて恋に落ちる。ルディは、自身の父の過去を話せない。
自動車事故で死んだことにしていた。

 アウシュビッツの駐車場で求婚する(この辺りの設定もなかなか巧い)。

 二人の子をサラは孕む。結婚式をする二日前、ヘルマンが来て、サラに全ての真実を語る。
サラは、怒る。子供は中絶するという。

ルディは大慌てで、許しを乞うが許してもらえない。

ルディは、父を告発するとサラに話すが、父が捕まり判決が下りるまでは10年余もかかる。
パラグアイに向かうルディ。彼は自分の手で父に責任を取らせようとする。

 拳銃を持って書斎に向かうルディ・・・・・彼に父殺しができるか・・・・!

 最終場面、彼は自身の頭に拳銃を向ける。暗転・・・・  衝撃的な最後だ。

 このハナという女性作家は、第二世代である息子に責任を取らせてしまった。
かれは尊厳を冒すことが出来なかった。しかし偽った自分を許せなかった・・・・

当事者である元軍医の父は、
「命令に従って仕事をしただけ」という発想・・・・・なのだ、またしても・・・・!!
 
 翻ってわたくしたちの国をみると、何と許しばかりが蔓延しているではないか・・・・・
甘すぎるのである・・・・社会全体が甘すぎる・・・・   

 こんな中でわたくしたちは、自他に厳しく、しかし人権を守り、尊厳を認め、生きることは難しい。

しかし戦争を引き起こした第一世代が、少なくなった現在、
第二世代や第三世代、第四世代は、
せめて繰り返すことなく生きられる社会を選び取りたい・・・・と思う。


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