井上理恵の演劇時評

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zoom RSS 宝塚花組 明日海りお主演「邪馬台国の風」そして仙名彩世と伶美うららと…

<<   作成日時 : 2017/08/04 18:15   >>

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花組「邪馬台国の風」を観る(2017年8月2日マチネ 東京宝塚劇場)

 演出家中村暁久々の書き下ろし作品、仙名彩世お披露目「邪馬台国の風」は、あまり評判がよくないようだ。

が、花組スターたちに満遍なく見せ場をつくり、仙名のお披露目に花を添えた舞台であった!


 実はわたくしのブログ愛読者が教えてくれて、
宝塚ファンが書いている舞台やスターへの「自己語り」を読んで、この公演の評判を知った。

いろいろあって面白かったが、中には、宝塚大劇場と演出を変えたとかセリフを変えたとかいうのもあり、
それがよくないという発言もあって、驚いた。

 宝塚ファンではあるが、演劇とはどういうものかがあまりわからないのかもしれない。
 
演劇は、生きている芸術である。

稽古場とは異なり、出来上がった舞台をみて部分的に変更するのは至極当然のことである。
むしろ変えたいとおもっても諸般の事情から知らんふりして変えないほうが、〈客に不親切〉なのである。

もちろんドラスティクに変えるというのは、初めからきちんと作っていないという証になるが・・・・。



 俳優の演技とて客の反応で、演者の意図するしないにかかわらず自ずと変わるものなのである。

 それが芝居のだいご味だ。

反対に言えば、毎日見ているとそこが面白いところなのだから、そんなところも観客には楽しんでもらいたい。

    つまりは・・・・俳優は客と対話をしているのだ・・・・。


 今回の舞台の戯曲構成は、発端→上昇→頂点→下降→終局と一般的な構造をもつウエルメイドなドラマで、
卑弥呼がいかにして誕生したかを描き出している。いささか古い感はあるが、普通のできだ。

 もちろんこんな風に卑弥呼が誕生したかどうかはわからない。これは虚であるから・・・・。

大仰な舞台機構や装置の転換がないから、物足りない観客もいるのだろうが、これは各人の好みで仕方がない。

 中村の意図は知らないが、仙名彩世のお披露目ということもあって、卑弥呼が出来上がるまでの話にしたのではないかと推測した。

 仙名というスターは、明日海りおと子供っぽい恋(10代や20代の恋)を語るようなスターではない。

姉のような母のような年上の女の愛で男役を包むことができるスターだ。
したがってこの舞台には激しい恋の葛藤や悶えはないが、それが悪いということはできない。

その意味では、これから年上の女と年下の男の恋という、舞台の出現が期待できる数少ないトップ同士だろう。
今の宝塚で、これが可能なのは宙組の伶美うららしかいないからだ。

 一口に「恋」とはいうが、子供の恋は――子供とは25歳までの事――宝塚では描くのはたやすい。
   しかし本当の恋のだいご味は、年上の女と年下の男の恋なのだ。

 ジャンヌ・モロー(突然炎のごとく)やイングリット・バーグマン(さよならをもう一度)が、
見せたような目くるめく世界を、一度宝塚で見たいと思っていた。
   この二作ともラシーヌの「フェードル」に拠っている。
・・・・・・伶美の退団は誠におしい・・・・・・
彼女で同じラシーヌの「アンドロマック」に題材をとった宝塚版が見てみたかった。


 さて、この舞台の最大の利点は、トップの明日海のみではなく、
綺羅星のごとく存在する、花組のスターたちが脚光を浴びるようにできている点だ。
まさに座付き作者の妙である。

 明日海のきびきびした美しい動きや明確な意思をもった芝居は、いつものように見事であった。
特に今回目を引いたのは、芹香斗亜の目覚ましい成長ぶりであったし、柚香光も水美舞斗も城妃美怜もノビノビと演じていたし、若手の綺城ひか理、飛龍つかさもよかった。

 いつも素敵な瀬戸かずや・鳳月杏はもちろん夕霧らいをはじめとする「君さまがた」を演じた面々も、暗躍する花野じゅりあもタケヒコの先生の高翔みず希、今回生真面目な役の天真みちる、大巫女の美穂圭子、悪の王星条海斗も・・・・・
その他登場する演者たちが自分の役柄を理解して演じていたから、古代の世界が拡がった。

単純な筋故の利点は、俳優たちの力量がごまかしなく目に付く舞台となったことだろう。

楽まで、歌舞伎並みに更なる上昇を望みたい。


☆彡 ショーは、藤井大介の「Sante!」(アクサン省略) ☆彡

 久しぶりの大人っぽいショーで、楽しめる。客席降りで盛り上がるが、二階の客はお気の毒!!!

スーツ姿の男役の場面は素敵だし、各場面が花組スターに華を持たせて活躍させる。これが一番だ!

芝居は、どうしても中心の集団が活躍するから、ショーは可能な限り多くのスターたちに活躍の場を与えたい。

一人一人の活躍で、ファンがあつまるのだから・・・・・

星条海斗と美穂圭子の場面もいいし、若手の場面もカッコイイ。


 そういえば、ファンのブログに歌について、下手すぎるとか、音程がずれているとか、
ほかの組のスターたちへの驚くような酷評があった。

テストの採点をしているつもりなのだろうか・・・・・


 まさに木を見て森を見ずの感あり・・・・ あるいは枝葉末節といおうか・・・・

批評は、どんな場合も育てるためのものであることを忘れてはならないだろう。


特に、宝塚のスターたちは他の集団と比較して、純粋に稽古に舞台に取り組んでいる。
やる気をそぐような評は、誰に対しても失礼であろう。

育てる意識がないと「ヘイト」に転じてしまう・・・・・・から恐ろしい。


 歌入り芝居の「歌」は演技の中の歌である。

カラオケの機械のチェックのような感覚で聞いてはいけない。

情感が表現できて、演技の中で歌わなければいけないから難しい。
キーが外れようと合おうとそんなことはどうでもいい。
役の心情に合わせて歌っているかどうかなのだから・・・・

問題は演技全体として観て、その芝居の中で的確に表現し存在しているか否かなのである。


なぜなら、〇〇は上手だ、とどんなに歌を評しても、しょせん普通なのである。専科には行かれない。

誰もが美穂圭子のようには歌えない。


しかも歌も芝居もダンスもできるという平均的な存在は、しょせんそれだけ・・・・・・

もちろん出来るに越したことはないが・・・・・

スターとは、点数で測れるものではなく、惹きつける魅力があるか否かにかかっている。

突出する何かがあってのスターである。言わずもがな・・・・・であろうが・・・・。


余分なことを書いた。

あまりの「ファンのブログ」の批評の僭越さに驚いた故・・・・・・・・

宝塚のファンの世界も、世の中と同様にこんなことになっていたのかとびっくりした次第。

・・・・・・現実とは何と恐ろしいことか・・・・

まことに人は社会の中で生かされるのだと痛感する。





  

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