井上理恵の演劇時評

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zoom RSS こまつ座「円生と志ん生」(井上ひさし作、鵜山仁演出、大森博史・ラサール石井・大空ゆうひ他出演)

<<   作成日時 : 2017/09/16 18:21   >>

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「円生と志ん生」を観る(2017年9月13日ソワレ紀伊國屋サザンシアター)

 軽快で面白い舞台が出来上がった!!  (久しぶりにこまつ座をみて、興味深かった)

初演は2005年2月、扇田昭彦の「笑いと感動のある舞台」「井上ひさし自身の軽やかな喜劇作家再宣言」
という初演評が出た舞台だった。

今回は12年後で、また少し異なる感じで井上ひさしの劇世界を見せてくれた。

わたくしは研究仲間と既に『井上ひさしの演劇』(翰林書房2012年)を出している。
彼の戯曲についてあれこれ皆で共同研究してきた。興味のある方は本を手にしていただければ幸いだ。


そういうことだから、井上ひさしの戯曲に現れている〈詐術〉というか、〈真と偽〉〈実と虚〉のテクニックは知っているつもりであるが、それでも舞台をみると〈すっかり本当のこと〉と思わされてしまう。この辺りが怖いのだ・・・・

 この戯曲も、〈真と偽〉〈実と虚〉が入り乱れている。井上戯曲はそういうものと、思っていい。

さらにほとんどが戦争と革命を書いていると言っても過言ではない。
が、そこには〈真と偽〉が入り乱れているのだ。

登場する円生と志ん生は実在する噺家だ。
二人が松竹演芸隊で他の芸人たちと共に満州へ慰問に行き、敗戦後も帰国できずに苦労したこと、
円生があちらで日本女性と結婚生活を送っていた事、
ばくちやかけ事のすきな志ん生の姿・・・・・等々は〈実〉である。

 それ以外は、井上ひさしが生み出した〈偽〉〈虚〉だ。

その〈真と偽〉を、噺家の芸の精進というレールを敷いて笑いを生み出し、それにかかわる女性たちを配して音楽を利用し歌を交えて大陸の哀しい日常を表現した。この辺りが、巧い・・・!

ピアノは、今回も朴勝哲。

この笑いの多い舞台で、井上ひさしが観客に手渡したかったのは、
「戦争の恐ろしさ」
「悲しみの犠牲者は貧しい庶民」
「軍隊は庶民を守らない」「戦時でも金が物をいう」
「宗教家の中でもキリスト教は困窮者を救う」等々だろう・・・・

円生はあんまり噺が巧くなくて、舞踊家になりたかったらしいから、少々洒落ていて、かっこがいい・・・
  それを大森博史が自身の柄に合わせてうまく作っていた。

志ん生は、ばくち好きで、しかも洒脱で噺が巧くて・・・頭の回転が速い・・・
  ラサール石井が、そんな志ん生を見事に表現していた。

 四人の美女たち・・・・・・・・実はこれがこの芝居のカギ。
大空ゆうひ・前田亜季・太田緑ロランス・池谷のぶえ・・・の四人。

大空はじめ、皆が実に好い〜〜!

彼女たちがいるから、この芝居が並みの類型的な戦争芝居に終わらなかった!

 二人の噺家は、いろいろな局面に登場する。

その局面を作るのが、彼女たち・・・・一人に何役もさせる…この発想が初演時、新鮮だったのだ。
 
 彼女たちの初登場は〈女優〉で、歌をうたう場から・・・・。

戦争の始まりから庶民があたふたするところや敗戦、外地等々・・・の歌だ。
状況説明を一気に歌で表現してしまうというやり方。
なんとなく戦時へ観客を運ぶ・・・・歌が電車になって満州に着く。

気が付いたら最後の修道院になっていた・・・・この場が秀逸〜〜女優たちの掛け合いが見事!


世間のミュージカルばやりを手玉に取っていたのかもしれない、
と今回見ていて思った。

やはり、井上ひさしは一筋縄ではいかない作家だ。

後期の作品は、初期作品のような古典的なドラマ作りではない。

したがって小説的と言ってもいいかもしれないと常々思っていた
・・・・つかこうへいに似ている・・と今回見ていて思う。


  ☆     ☆     ☆

 朝日新聞に「この道」という連載がある。
阿刀田高が、井上ひさしに触れた回があった(2017年8月7日)。

 「井上ひさしは、なによりも劇作家であった。
小説は松本清張のように生身の人間を書くのが本道だろうが、
戯曲はパターンで描いておいて、それを生身にするのは役者の仕事。
戯曲に力を入れた晩年の井上は小説でもパターンを好んだのではあるまいか。」

阿刀田高は、好きな小説家であったが、これを読んで一気に嫌いになった!

井上ひさしの「戯曲はパターンで描いて」はいない。

阿刀田高は、戯曲が読めないのではないかとすら思った。
フランス古典演劇を専攻した作家のくせに・・・・と・・・・がっかり。

パターンとは類型という意味なのだろうか・・・? 
という事は、井上戯曲の登場人物は類型的???

「生身の人間」が戯曲に描かれていなくては、役者は舞台で演じられない。
「生身の人間」が出てこない舞台を見る客はいない。

井上ひさしの芝居を観ていて、パターン化していると阿刀田高が感じたならば、それは演出と役者の責任だ。

   ☆     ☆

余計なことだが、そんなこんなが、この舞台を見ながら頭をよぎった。

今回は成功だ・・・・何よりもパターン化していないから・・・・・



 




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