井上理恵の演劇時評

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zoom RSS 劇団民藝「〈仕事クラブ〉の女優たち」 奈良岡朋子・中地美佐子・桜井明美他

<<   作成日時 : 2017/12/08 20:33   >>

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民藝の「〈仕事クラブ〉の女優たち」(青木笙子原案・長田育恵作・丹野郁弓演出)を観た(2017年12月6日三越劇場)

 久しぶりで面白い舞台が出来上がった!
長田育恵作の舞台は 前に「SOETU」 をみたが、どうにもいただけなくて・・・・・・・

が、これが岸田戯曲賞にノミネートされたというのを民藝のプログラムで読んで知り、驚いた!
選考委員が誰かは知らないが、よほど戯曲がないのだと思った。

今回の作は、題材が好いことと、さらには民藝の俳優たちが実に生き生きと演じていることから、面白い舞台になった。

長田は井上ひさしに師事した人だそうで、その点で作り方がにている。

虚と実が入り乱れ、虚が多すぎる所がそっくり! 実はこれが困るのだが・・・・・

芝居は虚であるが嘘ではない。

歴史を題材とするときは虚は2、実が8ぐらいでないと、駄目なのだ。

 細かい場面が多く、暗転の多いのも気になる。

長田の劇作家としてのこれからの課題は、細かい場面を減らして緊密な場面展開で舞台が作れるか否かというところだろう。


同年代かもしれないが…宝塚の上田久美子や小柳奈穂子の作る舞台も観てみるといい‥‥実に好い舞台を作っている。


今は、商業演劇もイプセンやらなんやらやる時代だから・・・・・〈純〉に拘ってはだめだ。
もっともイプセンは、ウエルメイドを取り入れてあの逼迫した関係の戯曲を作ったのだが・・・。

実際、パリでは商業劇場で「人形の家」を上演していた。


 さて、舞台。

これは築地小劇場が1928年に小山内薫の死で分裂して、土方を中心に新築地劇団が出来て、
それ以前から誕生していた東京左翼劇場と手を結んで権力に対抗、観客である働く労働者(プロレタリアート)たちと緊密な舞台を作り出していた頃のことである。


 虚の問題は、後述するが、実はこの頃は新劇は全盛期が続いていたのだ。

その点では舞台は、何だか違和感があった。

仕事クラブは初期のほんのわずかな時間で、そこでいきた女優達を描出した舞台は、今のわたくしたちに大いにインパクトを与えたと思う。


それは平和憲法が改憲されようとしている今、まさに戦前のこの舞台に展開された日常が、自分たちの明日になる可能性が大であるからだ。


 新築地のスターは山本安英。今回は桜井明美が演じていた。終わりごろに文芸部員に一寸粉を掛けることなど、絶対にしないと、みていて思ったが・・・・・(こういう所がうそっぽ過ぎて困る)。


もっとも観客は、殆ど演劇の歴史を知らない人が多いからどうという事はないだろうが、私にはやはり違和感・・・・

作者、名前も違えたし、モデルではないと言いたいのだろうが、知っている者にはそうはいかない。それが、歴史を題材とする戯曲の宿命とでもいおうか・・・。


この芝居に出てきた「蜂起」は、1930年2月の公演で、藤森成吉作、土方与志演出。
舞台で表現された通り、検閲でズタズタにされたが、上演した。好評だった。

戯曲は既に『改造』に発表されていて、観客はそれを読んでいた。セリフが無くても話は通じたのだ。

権力は演劇の力を重大視して、舞台の方が影響力があるとして大幅なカットがなされたのだ。

左翼劇場の女優、原泉子、この芝居では中地美佐子が演じていた役。

中地はまた一つ成長していい俳優になった。本当に驚く。この人がもっと力を発揮できる好い戯曲にめぐり合わせてあげたいと、思うほどだ。そしてそれを観てみたい。

夫は中野重治だ。作家で党員であった。

この戯曲の問題は、日本共産党の党員ばかりではなく、普通の、リベラルな考えを持った人たちも官憲は捕まえたという事を強調したかった点だと推測された。

党員でもないのに・・・・・と言うセリフが何度もあった・・・・

ということは、では党員なら捕まってもいいのかという事になる・・・・・それでは違うだろう・・・・
誰もが捕まってはいけないのだ。

思想信条の自由が無い時代がこないようにわたくしたちは願っていて、そのためには、この貴重な過去の時代をどう描きだせばいいのかということが重要になる。

中野重治は党員であった。しかし党員であっても捕まって言い訳は無いのだ。
その理不尽さや不条理さが、この「党員か否か」に拘ってしまったために、現実味が薄れてしまったのだと思う。


丸山定夫と細川ちか子夫婦の有名な話も加わっていたが・・・・・どうにも軽いノリ過ぎる・・・・


民藝の俳優たちは、皆上手で左翼俳優たちも、官憲側も、それなりに雰囲気を出し演じていたからこの時代の恐ろしさを、観客はそれなりに感じ取ることができただろう・・・・と思う。

が、これで良しとするのでは、やはり物足りない。

木下順二になれとは、いわない。

けれど、一度井上ひさしの方法論から離れて、長田にはもう少し頑張ってもらいたいと願わずにはいられない。
数少ない女性劇作家なのだから・・・・・



歴史をみると・・・・検閲

三谷幸喜の作品のように、検閲官と劇作家が同じ部屋で書き直したり渡り合うなどという事はない。
が、あの作品はそうした虚を書き込みながら、二人の人物が互いに変わっていくところを表現したのだが、、、、

にもかかわらず・・・・・そんなつまらない事まで入れて・・・・、残念。

この長田の場合、誰がどのように変わったのか・・・・それがみえない・・・叙述するだけではなかったのか???

むしろ芝居なのだから、「蜂起」のカットされない場面が、功を奏したところとか・・・・上演上のそんなディテールを利用すればよかったのに‥‥と見ていて思った。


すべてが絵空事にならないようにするためには、どうすればいいのかが、やはり問題で、それは演出の丹野の責任でもあるだろう。

せっかくの題材だったのに・・・・・これが下手な俳優がやっていたら、どうなったのかと・・・・・・恐ろしい。


新築地がプロットに加盟したのは1931年だ。

村山知義の「志村夏江」は1932年、演出を担当したのは杉本良吉(彼はこの後ソビエトに亡命した)。

左翼劇場もプロットも国家権力によってつぶされたが、新築地は生き残る。

新築地劇団は、1929年から1940年に新劇弾圧で国家権力によってつぶされるまで、山本安英や薄田研二を中心にいい舞台を沢山作り、最もながく続いていた集団である。劇場に入れない位の満員御礼の舞台も何度もあった。

それは土方が、一族の力で国外へ脱出させてもらった後のことで、
新劇は権力の弾圧にめげず繁栄したのである。


1935年に結成された新協劇団と共に日本のリアリズム演劇全盛の時代を築いたのだから・・・・・

そういう時代があったから、戦後の現代演劇が長く続いたのである。


プログラムに「新劇受難」を寄稿していた堀川恵子の文章は、歴史認識に誤りが多い。
帰りの電車で読んで驚いてしまった!

こういう文章を読むと、本当に情けなくなるのである。

演劇研究者が、いろいろ演劇史を書いていても、全然読んでいないのだなあ、と・・・・・
無力感に襲われる。

有名な大笹吉雄の演劇史を手にすれば、この辺りの歴史はすぐにわかることだ。

もちろんわたくしも書いているけれど、大笹氏の著書を読んでいないなら、拙著など読まれるわけはない。


とはいえ脚本には問題があるが、

それでも今、危機的状況下にある日本で、〈恐怖政治〉といっていいあの1930年代の弾圧の時代に女優のアルバイト集団が生きるために動き出した姿を舞台で生き生きと表現した俳優たちの演技には、拍手を送りたい。

ミュージカルばかりを観に行かず、〈おもしろいの・・・??〉と疑問視しながらでもいい、
興味をもって、是非、三越劇場に行ってみてもらいたい。


そこには、自由に自分たちのやりたいことができる世の中を目ざした若い女性たちがいたことがわかるから・・・・・
そして上手な俳優たちがいることもわかるから・・・・・・

舞台は、ミュージカルばかりではないことがわかるだろう・・・・・セリフ劇はおもしろい・・・ことがわかるだろう・・・・

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