井上理恵の演劇時評

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zoom RSS 桐朋学園芸術短期大学専攻科演劇専攻50・51期試演会「R・U・R」チャペック作・三浦剛脚色演出

<<   作成日時 : 2018/06/25 11:11   >>

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専攻科50・51期試演会「R・U・R ロッサム万能ロボット製作所」〈Bプロ〉を観る(ゲネプロ 2018年6月21日桐朋学園小劇場)

 とにかく面白い舞台に出来上がっていた!!  大久保ゆう訳 三浦剛脚色・演出

学生たちも、カルカチュアナイズされた人間たち、上級ロボット、中級ロボット、下級ロボット等々に扮して
見事にこの芝居の〈チャペックの声〉を形象化していて、嬉しかった
 
 この日はBプロで、出演は以下の通り(本番は札幌で講演があるため、ゲネプロ13時公演を観る)

@〜Gは人間たち  H〜Iは ロボット

@ロッサム万能ロボット製作所代表取締役 ハリィ・ドミン 三村拓海

ARUR生理研究局主任 ガリー博士  泉 紀華  B同技術担当主任 ファブリ技師 長谷川亜弓

C同心理教育研究所所長 ハレマイヤ博士 小高愛花 D同営業部部長 ブスマン 石川桃

E同労働局主任 アルキスト建築士 大野高義  F同会長令嬢ヘレナ 加來梨夏子

Gヘレナの乳母ナーナ 大江明日香 

H秘書スラ(高級ロボット) 遠藤真結子 Iラディウス(高級ロボット) 池田紫陽  

装置は、直線的で、白と黒が基本色調 人間の部屋になるといわゆる人間たちが使用する長椅子や鏡台など
衣装は、人間は役柄にあった服装、ロボットたちは青いツナギ、高級ロボットは人間と同じ衣服


基本的な演出は変化しないだろうが、人間を演じる俳優たちによって舞台の印象は変わる。
それはいかなる舞台も同じ。

今回は過度なカルカチュア表現が生きていてよかった。

 暗転中に出演者全員が舞台に登場して、「ちょんぱ」(灯りが入り音楽が入る)で皆が鋭角的に行進しながら舞台袖に去る、この幕開きもとてもいい。

途中で、ヘレナにロボットたちを見せる所だったと記憶しているが、
ムソルグスキーの〈展覧会の絵〉がバックに流れていて、これが内容にマッチしてよかった!

 そしてまず、人間の登場。秘書がいるが、人間みたいな高級ロボ。観客はロボとは思わない。
そこに令嬢ヘレナが登場。ヘレナもスラがロボットとは思わない。

ヘレナという名前は、ギリシャの昔から、絶世の美人だが、頭の方が少々短絡的でお弱い、
そして彼女に惹きつけられた男の行動で、世界が変わる、・・・・そんなときに劇に使用されてきた。

今回も同様で・・・・

人間の代わりに労働するロボットを沢山製造して金儲けをしている会社に、ヘレナが乗り込む。

人間らしい魂、喜びや痛みを感じる生活をロボットにあたえたいという強い想い、
浅はかなロマンティックな、そしてヒューマニズムからヘレナは会社を訪れ、ハリィに会う。

その美しさに引き付けられたハリィ・ドミンとヘレナは結婚。
しかしヘレナの希望を受け入れようとしないハリィ。

…・10年後、ロボットの反乱が世界中に起こっていた。

ハリィに隠れてヘレナは自分に愛を感じているガリー博士に頼んで、高級ロボットに喜びや痛みを植え付けていたのだ。ここでも美しいヘレナは、男を惑わす・・・・

感情を植え付けられたロボットの指導者は、人間を支配したいと考えるようになって人間を殺し始める。

人間は、労働をしなくなり、子供も産まなくなり、楽園という、何もしなくていい世界にいるからだ。

そこに、ロボットの反乱が始まったのだ。

次々に世界規模で事件が起き、ロボットの反乱人間たちの絶滅へと進む。

ロボットも壊されるから、新しいロボットを自分たちで製造しようと考える。
ロボットの製造をはじめに考えた博士の書き残した書類が欲しい。

生きているわずかなRURの博士たちは交換条件を出す。億という金と交換しようという経理部長・・・
しかしロボットは富に対する欲望は無かった。

しかも、その書類は、既にヘレナが、ロボットという機械を作り続けるからこうした反乱がおこり、人間は子供を産まなくなり、働かなくなったのだと、ここでも短絡的に考えて燃やしてしまっていた!

ロボットも人間も、再生の道は、閉ざされる。

残された高級ロボットの二組がいた・・・・ヘレナとプリズム  ・・・知恵のた実をたべたアダムとイブを象徴

そして、人間社会が再び造られるという最後にいく。聖書にいくのである。



 カレル・チャペックがこの戯曲を書いたのは、第一次世界大戦終結後の1920年、宝塚で脚色上演した「マクロプロス事件」(ブログに批評済み)が1922年だ。ロボットは存在しないし、永遠に生きる命もない。

その点では二作とも未来的というか、あり得ない現実ではあったが、これを描きながら科学重視を進める人間たちへの警鐘にキリスト教的ロマンを加味したと言っていいだろう。


チェコ(スロバキア)がオーストリア=ハンガリー帝国から独立したのが1918年だから、一人歩きを始めたチェコで「生活の安定を求める小市民的傾向」(田才益夫)が強まった時期であるらしい。


機械文明を、熱愛していたチャペックは、第一次世界大戦中、科学の成果によって作られた機械によって、
多くの人間が死に、多くの悲劇が生まれた現実を呪った。
機械文明の否定を描出した優れた作品である。

結末はロマンティックなキリスト教的発想であるし、筋には男性中心的な女性蔑視の思想も見出されるが、
科学重視・機械文明万々歳を否定する思想は、21世紀の現在も生きている。

更なる恐ろしい科学的兵器やエネルギー(原子力発電)の利用が進んでいる現在、わたくしたちの未来を考えさせる興味深い舞台であった・・・




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