井上理恵の演劇時評

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zoom RSS ルネッサながと「出世景清」(近松作、六世鶴澤燕三作曲、鳥越文蔵監修)

<<   作成日時 : 2018/07/10 14:55   >>

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近松時代物「出世景清」(五段)通し上演を観る(2018年7月8日山口県立劇場ルネッサながと)

なにしろ333年振りの通し上演、初演は貞享2年(1685)竹本座であるから、まず少々学習しよう・・・・。
 

 監修者鳥越文藏は、時代物「出世景清」の今回上演の意義を次のように言う。

 〈「近松に縁をもとめ、出世景清といへるをこしらへ」(『今昔操年代記』)とある「出世景清」は、竹本義太夫が「近松に初めて主体的に執筆依頼した作品」であること。@〉

 〈後に、この作を以て「古浄瑠璃と当流(新)浄瑠璃の分水嶺をなす(『外題年鑑』)、と位置付けられるようになったが、「分水嶺」と果たしていえるかどうか。A〉

 〈「分水嶺」と言われたが故に、「観音霊験譚としての古風さは残っているが、景清という人物が主体的に行為し、主題を完結するなどと言いたくなる」のではないか。B〉

 〈「出世景清」は、幸若舞曲「景清」と比較すると新味はあるが、踏襲した点も少なくないから、
「古浄瑠璃と区別することが困難であろうと思う」。C〉

 これが、鳥越文藏の視点である。
(わたくし流に解釈すると、この作は、古浄瑠璃の色合いが濃いということのようである。)

 どうやら問題は、「観音霊験譚」が、どのくらいの比重でこの作品に表現されているかということのようだ。
それが今回の通し上演で明らかになるや否や〜〜〜、興味深いものがある。

 ちなみに幸若舞曲は、室町期(足利将軍の時代、14世紀から15世紀)に平家物語を題材にした語り物芸で大流行であった。
 
近松門左衛門(承応2年:1653〜享保9年:1724)  
竹本義太夫(慶安4年:1657〜正徳4年:1714)


 はたして、「出世景清」は、古浄瑠璃の骨格である「霊験譚」を抜け出ているや否や・・・・!!!

これが、今回「出世景清」上演を意図した鳥越文藏の真意である。
上演は、床本から研究してきたこれまでの浄瑠璃の歴史を覆せるか・・・・・

   ☆     ☆     ☆

@素浄瑠璃とA人形浄瑠璃とで上演

@
熱田の段 豊竹靖太夫・鶴澤燕二郎、
東大寺の段 豊竹芳穂太夫・鶴澤清馗、 
阿古屋住家の段 豊竹呂勢太夫・鶴澤燕三


この三場面:
源氏との合戦に敗れた平家の侍・景清が落人となって熱田の大宮司の許に身を寄せる。
宮司の娘、小野姫と婚礼し、平家の仇源頼朝を討つ機会を伺う。何度か狙っていたが、いつも重臣畠山重忠に阻まれていた。
重忠が仏殿再興で奈良の東大寺へ来るのを知った景清は、熱田を後にする。
景清は、以前から清水の観世音を信心していた。その道にある清水坂の遊女阿古屋と深い仲で、男の子弥石と弥若をもうけていた。景清は数年ぶりで阿古屋を訪ねる。「御身が懐かしく、子供が顔をも見まほしく」というが、阿古屋は小野姫と深い仲であることを噂で知っていて、怒る。
が景清は「そちならで世の中に愛しい者があるべきか」と応えて、阿古屋と「三年積りし物語り。語らひ明かし・・・契りの程こそゆかしけれ」
(井上注・・・いつの時代も男は、何と調子のいい事!!!)

そして久しく観音詣を怠っていたから「轟の御坊にて一七夜は通夜申し、やがて帰り対面せん」と去る。
その後にきたのが、阿古屋の兄伊庭十蔵。景清を捉えたものに勲功が出るという。六波羅に知らせようと阿古屋をそそのかす。阿古屋は小野姫のことは「悪口」(わるくち)だと言って断る。が、兄は小野姫を〈最愛〉していて、「御身がことは当座の花」だとたきつける。そこに小野姫からの書状が届いて、事実であったことを知った阿古屋は「恨めしや腹立しや口惜しや妬ましや。恋にへだてはなきものを遊女とは何事ぞ・・・・子のある仲こそ誠の妻よ」と嘆いて訴人を許すかどうか、迷う・・・。
(井上注・・・やはり家父長制下、子は男女の関係では重視されるのかと思いきや、どうやらそうではないらしい・・
身分差別を阿古屋が嘆く・・・)
 
A 
六条河原の段 前 豊竹芳穂太夫・鶴澤燕二郎、
六条河原の段 奥 竹本三輪太夫・鶴澤清志郎 
六波羅新牢の段  豊竹靖太夫・鶴澤清馗

牢破りの段 豊竹睦太夫・竹澤宗助
観世音身替の段 源頼朝 竹本三輪太夫、畠山重忠 豊竹睦太夫、
     佐々木高綱 豊竹芳穂太夫、豊竹靖太夫・鶴澤清志郎 

清水寺の段 豊竹呂勢太夫・鶴澤燕三

〈人形役割〉
梶原景時 吉田蓑一郎、梶原景季 吉田玉助、小野姫 豊松清十郎、    悪七兵衛景清 桐竹勘十郎、
畠山重忠 吉田玉志、熱田大宮司 桐竹紋秀、阿古屋 吉田蓑二郎、    弥石 桐竹勘次郎、弥若 吉田和馬、
伊庭十蔵 吉田文哉、源頼朝 吉田玉男、佐々木高綱 吉田玉佳、       清水寺の僧 吉田勘市、その他大勢


この五場面:

景清は、逃げた。景清をおびき出すため大宮司を六波羅に捕まえる。小野姫が父を探してやってきて、捕まるそして水攻め、火責め。(この場面も人形ならこその場)

そこに景清が登場して、二人を助けようと我が身を投げ出す。二人は「御赦免」景清が捕まる。
景清は「七尺ゆたかの」大男、大きな牢に入れられる。牢の近くに宿をとり小野姫が酒くだものを持参して見舞う。
ついで、阿古屋と子供たちが来る.。景清は怒っているが、子供たちの可愛い対応に涙する。
「今の悔やみをなど最前には思はざりしぞ。女の嫉妬の仇、人を恨むと思へども夫婦は同じ体なれば、皆これ我身をせむる理り。」
(井上注・・・この言説を聴いたときは、驚いた。二人の女に妻よ夫よといっているが、景清は自己批判しているからだ)


阿古屋は「今一度たび、言葉をかけてたび給はばそれを力に自害して、我身の言い訳立て申さん」と、景清は「妻とも子とも思はぬはぬ」「早々に帰れ思ひ切つたぞ」
(井上注・・・これにも驚く。景清は妻子を助けようとしていたのだから・・・・、ところが彼女はこの言葉の裏を受け取らずに子と共に自害する・・・! 泣く景清!)

そこへ現れた十蔵を怒って「南千手千眼生々世々、一聞名号減重罪大慈大悲観音力」と金剛力を出して牢を破り、十蔵をやっつける(この場が面白い…・人形でなければ出来ないまた裂き)

景清は、逃げるが、ここで思い返す。自分が逃げれば、また大宮司と小野姫に害が・・・・・そして元の牢に戻る。
(井上注・・・・景清は自己反省する存在。が、これは別に近代人だけでなく、人間として当然の在りようなのではないかと推察。進化論に毒されてはいけない。)

そして首を討たれるが、実はその首は清水の観音さまの首であって、景清は牢に居た。(この辺り、やはり古典的)

遂に景清は、仇の頼朝に会う。殺したいと思うが、じっと我慢。頼朝は信心深い景清に日向の国を与えるという。そして何と景清は、頼朝の顔を見ると殺したくなるからと言って、「両の目玉をくり出だし、御前に差し上げて頭をうなだれゐたりけり」

(井上注・・・何と…「オイディプス王」ではないか・・! これにも驚いた。
オイディプス王は、自己の行為を批判して目をつぶし、さ迷い歩く・・・・神が存在していた時代だから・・・
近松も景清に目をつぶさせている。これをどう読めばいいか・・・・景清には観音様がいた・・・

観音霊験譚が根本に存在しているが故の作品と観ることができよう・・・

詞章を読む限りでは、鎌倉殿に遠慮しているように受け取れる。これは時代的な配慮があるからだ。
が、ひょっとすると、我妻と子を自害させた自己批判、仇を仇と観ないため、目をつぶしたのだとすると、こちらは神ではなく、観世音菩薩だが、おなじではないか・・・・

やはり古典悲劇…古浄瑠璃なのだと、理解した。

人形浄瑠璃も、台本を形象化して舞台に上げると、作意が鮮明になる。

語りだけでは理解できないものがある。
人形遣いの遣う人形の身体性と太夫の謡う詞章という言葉、そして三味線が奏でる音楽、
三者が共にそろって、演劇という場が成立する。

改めてそれが、よくわかった上演であった。

大雨で、足が絶たれた中、多くの観客が集まり、この記念すべき上演が行われた。
多数の関係者の努力によって幕が開いたことも申し添えたい。感謝だ!

多くを学ばせて貰った上演であった


NPO文楽座 | 人形浄瑠璃 文楽座
www.bunrakuza.com

ルネッサながと |
https://www.renaissa-nagato.jp/

毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20180709/k00/00m/040/040000c

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