金曜ロードショー「天使にラブ・ソングを‥‥」(1992年アメリカ)& 東宝制作ミュージカル「天使にラブ・ソングを」

「天使にラブ・ソングを‥‥」TVで観た(2020年5月15日放映日本テレビ)!

実は、東宝が何度も元宝塚スターを使って上演をくり返している「天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~」を、2019年12月5日に観た(朝夏まなと主演)。

舞台は、あまり良くなくて・・・・・・ブログには載せなかった。

原作映画は、どういうものなのかとテレビを観たのである。

まったく違うではないか・・・・・!!?? 

映画は1992年にアメリカで公開、日本は翌年だった。
エミール・アルドリーノ監督、ジョセフ・ハワード脚本、マーク・シャイマン音楽、制作会社はタッチストーン・ピクチャーズ、
配給会社がディズニーだった。

話も興味深いものがあった。

主演はウービー・ゴールドバーグとマギー・スミス!!
なんとマギー・スミスが出ていた‥‥。デロリスが匿ってもらう修道院の院長だった。

彼女はイギリスの名女優で、’97年に初めてロンドンで舞台を観て、驚いた。その後もジュディー・デンチとの二人芝居「デリケート・バランス」を観た。二人ともイギリスの名女優で見事な舞台であった。

映画のマギーは、とてもいい味を出していて、ウービーと素敵な関係を生み出していた。

映画は、どうやら1968年・・・・世界中に学園闘争が興り、世の中が変革した時だ。それでカトリックの修道院と教会も変革するようになった。ローマ法王のカトリック教会も変わった。まさに時代を取り入れていた映画だったということが、理解できた。
68年に始まり、おそらく20年弱後・・・・多分ローマ法王の話が出てくるから、1980年代初めが舞台だろう。

デロリスは子供の時から、反骨精神旺盛・・・初めに小学校の場面がワンシーン入る。教師の修道女に〈ろくな大人にならない…〉というようなことをいわれている・・・・

次のシーン。大人になったデロリスが、ネバタ州リノのムーンライトラウンジで歌っている。売れない歌手だったが、このあたりをアジトにしているマフィアの情婦(恋人・・?)だったから、カジノで歌うことが出来ていた。

 アメリカへ行ったときリノの友人がカジノに連れて行ってくれた。
映画の画面のようなところであったが、わたくしたちが行ったのは比較的危なくないホテルのカジノであったせいか、人もまばらで空いていた。

デロリスは、黒人で仲間三人で歌っていた。白人のマフィアの親分に結婚を迫っていたが、カトリック教徒で、妻とは別れられないと言われていた。

妻のお古のミンクのコートをプレゼントされ、腹を立てたデロリスは、それを返しに行って殺人を目撃してしまう。

警察に逃げ込むが、証拠がないから検挙できない、しかし確実に殺されるから隠れろと言われて修道院で匿ってもらうことになる。

修道院には白人の修道女たちがたくさんいた。厳格な院長と優しいシスターたち。
貧しい食べ物と日々の労働にうんざりしながら脱線するデロリスに、仲良くするシスター。

悩むシスターには、自分の心に正直に生きなきゃ・・・と優しく話すデロリス。

自由にしたい彼女に、院長は聖歌隊で働けという。
聖歌隊は音が合わず、自分勝手にみんなが歌っていて、耳障りな合唱団になっていた。

教会を訪れる人も少なく、特にミサの時の歌はみんなのお荷物。

デロリスは、指導者であり指揮者の修道女から、自分の場所を取りに来たんだと言われるが、院長の命には逆らえないから指導を任されるのである。

デロリスは、決して自分から先に立って人を押しのけるようなことはしない。シスターたちには受け入れられて慕われる。

大した歌手ではなかったが、一応プロである。そこで彼女は何といったか・・・。

自分で好き勝手に歌わずに、〈他者の声を聴く〉ことが重要なのだと、聖歌隊の修道女たちに話す。

何と教育的なことばであろうか・・・!

そして音楽は、・・・・モータウン・サウンドで替え歌をつくって聖歌を歌ったのである。

神様が一番を歌うシスターたちの楽しそうなこと!!

曲は、単に耳に聞こえるサウンドではなく、精神的なもの、作り出す人々から感じるものだという、心を大切にしてうたった曲であった。

街は荒れていた。人々の心が壊れ、ゴミだらけの街。
みんなで綺麗にして(奉仕の精神と人々と共に生きるという精神)
修道院のある街を変革する修道女たち・・・・

歌のうわさを聞いてローマ法王が聞きに来てくれる。街の人々もやってきた。
(このあたり、アメリカとバチカンの関係改善が描かれた・・?)

キリスト教は、教会の中にだけあるのではなくて、町に出ていって人々を救うことこそが重要という意味が含まれていた。

時代を描いていたのだ・・・・・映画も舞台も、実はそれが本来の在りようである・・・・・


 舞台は、ブロードウエイでは、1970年代後半の設定で作られている。音楽も台本も異なる。
おそらくブロードウエイ使用になっているのだろうと推測するが、舞台もロングランを重ねた・・・

日本語の台本が、どの程度潤色しているのかわからないが、経営困難な教会を救うということがかなり前景化されていたようだった。

セリフも良くなくて、なぜ、このような舞台が・・・・??
と思ったが、歌が好まれていたのかもしれない。

映画の歌とは、異なっていたように記憶している。

やはり、焼き直しは‥‥無理がある・・・・。

時代に合った作品を、日本の独自の舞台を、作ることが一番なのではないかと思う。

自家製の好い舞台が出てくるといいと願っている!!