ご存知ですか?  東京大学の卒業生が、宝塚の花總まりさんについて書いた卒業論文で東大総長賞を貰いました!!!

論文を読んでいるわけではないので詳細な内容は、分かりません。

お知らせです。

大学院生や学部生に与えられています。


以下の情報を見て頂ければ幸いです! 

「キミの東大」

令和元年度 東京大学総長賞 
教養学部4年國頭真理子 


「〈娘役〉のクイアネス 花總まりを例に」

宝塚の娘役スターを通じて、女性性がジェンダー規範を撹乱するように作用しうると論じる

https://kimino.ct.u-tokyo.ac.jp/

彼女は、現在朝日新聞社に就職したようです。

宝塚の演劇――花總まりという特異な娘役の在りようが、ジェンダーの視点から論じられているようですね・・・・・

読んでみたいと思いました。

「キミの東大」に概要と、彼女の発言が出ていました。

以下に引用します。読みやすいように行をあけます。

「卒業論文『〈娘役〉のクィアネス——花總まりを例に』では、宝塚歌劇団(以下、「宝塚」)でトップ娘役を務めた花總まりに注目し、娘役の女性性がジェンダー規範や異性愛のシステムを撹乱するように作用しうることを論じました。

宝塚における娘役は、男役トップスターを中心とするスター・システムとロマンティックラブの成就を原則とした作品群において、「男役に寄り添う」という役割を求められ、可憐さや上品さというイメージを担ってきました。花總まりは、その長いキャリア全体にわたって少女性や「お姫様」性など、この娘役らしいイメージで語られてきましたが、一方で花總のパフォーマンスを見ていくと、必ずしも異性愛的な枠組みが女性に押し付けてきた立場にそぐうものとはいえません。

本稿は、映画スター研究の枠組みを借りながら、この「娘役らしい」にもかかわらず、男役中心のジェンダー・システムや異性愛主義的な構造からはどこか逸脱しているという、彼女のスターとしてのイメージを分析し、花總は「娘役でありながら」男役的な立場に踏み込んでいたのではなく、反対に花總は「娘役だからこそ」そのようなパフォーマンスを行うことが可能だったのだと、すなわち「娘役らしさ」を徹底して追求することこそが「男役に寄り添う」という娘役の規範から離れる可能性に花總を導いていたのだと論じました。

この論文は、宝塚批評の枠組みを超えてフェムや少女文化に関する議論も参照しながら、女性性をめぐるジレンマに応答することに成功した点、またパフォーマンス研究とジェンダー研究の二分野を横断し卓越した成果をあげた点を、高く評価されました。」


以下は、東大を目指す女子学生への國頭さんの言葉です。読みやすく改行しています。


「研究概要を読んだあなたは、これは「好きなことを極めた」成果なのだろうという印象をお持ちになるでしょうか。
けれどいまふりかえると、むしろこの卒業論文は、

「フェミニストであるわたしは、お姫様の物語やミュージカルを愛するわたしをどうやったら受け入れられるだろうか?」という、私が前にすすむためには切実な課題であった問いのなかにあったように思います。

あなたも日々の生活のなかで、頭から離れない悩みや、思わずペンを走らせる手を止めてしまうような痛みに出会うことがある(あるいはすでに出会っている)かもしれません。いまの勉強とは相容れないように感じられるかもしれないその引っかかりも、どうか切り捨てずに、大事にもちつづけてください。
あなたにとって、大学がその引っかかりに応える何かと出会える場になりますように。